音楽コラム「Jazzのススメ」


2009年10月/第69回 新進ピアニスト”ジェラルド・クレイトンの魅力

 最近単独グループやソロ・アーティストのジャズ・コンサートがめっきり少なくなった。ジャズ人口が減ったわけではないだろうが、ジャズの聴き方が変わったのだろう。

1961年正月にジャズ・メッセンジャーズが初来日した時は、東京大手町のサンケイホールで7日間も行われ、マチネーを入れると10公演、いずれも満員の盛況だったことを思い出すと、その変化に驚くばかりだ。最近の日本のジャズ界もアメリカ風になり、ライヴ・ハウスでお酒を飲みながらジャズを聴くというパターンが一般化したといえるのではなかろうか。

 東京を例にとれば、「東京ブルーノート」「コットンクラブ」「ビルボード」といったライヴ・ハウスに毎晩外国からのアーティストが出演しており、カップルやグループで、ジャズやポップス、ソウル、ロックまで楽しむ層がふえてきている。音楽が生活の一部に融け込んできたのであり、それはいいことだと思う。

僕も時々、「東京ブルーノート」「コットンクラブ」に出かけているが、日本のジャズも好きなので、日本のジャズメンや歌手の聴けるジャズ・クラブに出かけることも多い。この前一度、月に何回クラブ通いをしているのかを数えてみたら、平均9回強。かなり通っている方だと自負している。

 ただ、一晩にハシゴができるのはせいぜい2軒が限度なので、いろんなアーティストをまとめて聴くことはできない。だから様々なアーティストをまとめて聴ける様な企画のコンサートはありがたいと思う。先日五反田の「ゆうぽーと」で『100ゴールド・フィンガーズ~ピアノ・プレイハウス・パート2』を聴きにいった。10人のピアニストが技と音楽を競う楽しいコンサートで、新旧10人のピアニストを一度に聴けるというありがたさを味わった。ただ、一人のピアニストが2~3曲なのでわずかな曲数でいかに自分のプレイを頂点にもっていくかが大変だと思うし、聴く方も、プレイヤーによってはもっと聴きたいと思うのに、全員一律で切られてしまうことに不満を 感じることもあるわけで、なかなか聴衆全員を満足させるわけにはいかない。

 今年のピアノ・プレイハウスでは最年長がジュニア・マンス、最年少がジェラルド・クレイトンだった。また成熟の頂点を示したケニー・バロンもいれば、唯一の日本人、山中千尋もいた。

 その中でとくに耳をそばだたせてくれたのが、最年少のジェラルド・クレイトンで、1984年5月11日生まれだから25才という若さ。有名なベーシストのジョン・クレイトンの息子で、サックスのジェフ・クレイトンを叔父に持つという、音楽的には申し分ない環境に育っている。またマンハッタン・スクール・オブ・ミュージックでピアノと作曲を専攻。プレイに力強さとグルーヴ感を持ちつつ、センスがある。音が立っているのもいい。ビル・エバンスやキース・ジャレット、ブラッド・メルドーのような神経質なところがなく、ダイナミックで奔放で遊びの精神に満ちているのがいい。エネルギーにあふれた若者の登場はたのもしい。

 早速彼の新作『トゥ・シェイド』(Emercy)を聴いてみたが期待に違わずいい。ジョー・サンダース(B)、ジャスティン・ブラウン(Ds)のトリオだが、ちょっとロックよりのビートを使った『ブーガ・ブルース』の若者らしいのびのびとしたプレイが面白かったので「PCMジャズ喫茶」に持ち込んだ。寺島氏を含めて悪くいう人はいなかった。あの渡辺貞夫も彼のプレイを気に入っていて新作『イントゥ・トゥモロー』(Victor)で起用している。今みんなが彼のピアノに注目しはじめているが、確かに今後の新しいジャズ・ピアノ界を担っていく一人になりそうだ。

成熟したベテランのプレイも勿論必要だが、昔からジャズ界を活性化してきたのは才能ある若者たちだった。最近来日した女性サックス、クラリネット奏者のアナ・コーエンといい、N.Y.の若者に元気が出てきたようである。

岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。