音楽コラム「Jazzのススメ」


2010年12月/第83回 歌はストレートに歌うにかぎる

 

 「歌はストレートに歌うにかぎる」という考えでは、僕と寺島靖国氏とは意見がほぼ一致する。

日本の歌手の中には、無理にくずして歌って個性を出そうとする人も多いが、人間の声は千差万別であり、ストレートに歌っても、自然と個性はにじみ出すものである。無理なくずし方をして個性を出そうとする必要などないのである。

 ストレートに歌って、すてきな個性を発揮した歌手は1950年代に多かった。ドリス・デイ、ジョー・スタッフォード、ローズマリー・クルーニー、ダイナ・ショア、ジョニ・ジェイムス、フランク・シナトラ、ディック・ヘイムズらがその代表。マーガレット・ホワイティングもその一人だった。

 マーガレットは一度も来日公演を行ったことはないが、以前、日本のラジオ局の朝の番組で、彼女の歌う「グッド・モーニング・ミスター・エコー」が長くテーマ音楽に使われていたことがあり、それなりにその名は通っていたのではないかと思う。

 ただ、僕が50年代に聴いた彼女の歌で最初に惚れ込んだのは「ア・トゥリー・イン・ザ・メドゥ」で、日本でもこのキャピトル盤はキングからSP盤で発売され、買って聴いた記憶がある。

 その後もずっと彼女に関心を寄せ、LPを買っては聴き、いつも素直にストレートに歌っていてる様子が気に入った。中でも好きな一曲が、チェット・ベイカーも歌っている映画「虹の女王」の主題歌「ルック・フォー・ザ・シルバー・ライニング」だった。

 一度彼女の生のステージを聴きたいと思っていたところ、偶然そのチャンスが巡ってきた。

 1970年代の中頃だっただろうか、ニューヨーク五番街近くの52丁目の銀行前の舗道で、昼休み時間に、彼女の無料ライヴがあるという情報を得てかけつけた。

 一時間ほど、うっとりと彼女の歌に聞き惚れたあと、ステージを降りてきた彼女に話しかけると、いやな顔もせず10分ばかり立ち話に応じてくれた。

 日本には一度行って赤坂のクラブで歌ったことがあるという。また「私は歌手になるつもりはなかったのに、作詞家の父のところに作詞家で歌手のジョニー・マーサーがよく遊びにきていて、こんどキャピトル・レコードという会社を立ち上げるのだけど、歌手が足りないのでお前歌手になれ、と強引に歌手にされてしまったの」とデビューの裏話を聞かせてくれた。

 彼女の歌はキャピトルで何曲かヒットし、スター歌手に育っていくことになる。

 その後もマーガレット・ホワイティングとはニューヨークで二度ほど会ったり、歌を聴いたりしたことがある。一度はキャバレーに出演していた時。とても温かい和やかなステージだった。スタンダード・ナンバーにおしゃべりを交えながら淡々と歌っていた。終わってから挨拶にうかがったら、以前銀行前のライヴの時会ったのを思い出してくれた。記憶力もいいようだ。

 アメリカでは歌手が年輪を重ねると、ローズマリー・クルーニーやバーバラ・リーのようにキャバレーに出演する機会が多くなる(もっとも、バーバラ・リーは根っからのキャバレー歌手だが)。キャバレーといっても日本のようにホステスのいるクラブではなく、エンターテインメントのある大人の酒場のことである。

 また、1980年代にニューヨークのダニー・ケイ・ホールで行われた「トリビュート・トゥ・リー・ワイリー」というコンサートで、ロビーでばったりマーガレット・ホワイティングに会ったこともあった。聞けば、バーバラ・リーとは仲のいい友だちだという。

 「PCMジャズ喫茶」ではマーガレットとジョニー・マーサーのデュエット・ナンバー「ベイビー・イッツ・コールド・アウトサイド」をかけた。幸い寺島氏は気に入ったようだった。やはりストレートに歌った歌はいつ聴いてもいいものだ。


岩浪洋三(いわなみようぞう)
933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
1現在尚美学園大学、大学院客員教授。