全国のコミュニティFMをネットしてお送りするラジオ番組『ロコラバ』。12時台にお送りしている「東京ロコラバ・ランチ」では、「東京で“ふるさと”をいただく」をテーマに、全国各地のご当地グルメが集まる東京で味わえる“ふるさと”をご紹介しています。今回は、港区芝の「瀬戸内水軍 田町三田本店」で、愛媛県のご当地グルメ「鯛めし」を体験。鯛を豪快に炊き込んだご飯! というシンプルなイメージを思い描いていたら、意外にも複雑なルーツを持っていました。
愛媛県の郷土料理として愛されている「鯛めし」ですが、実は地方によってその形はさまざまです。
宇和島市をはじめとする南予地方では、鯛の刺身を醤油ベースのタレにからめ、刻みネギなどの薬味とともにご飯に乗せる漬け丼スタイルが主流。
一方、松山市をはじめとする中予地方、新居浜市をはじめとする東予地方では、焼いた鯛を土鍋で炊き込む一般的なスタイル。「宇和島鯛めし」とされる前者に対し、後者は「松山鯛めし」と区別されます。
「宇和島鯛めし」のルーツは、平安時代の“海賊メシ”。愛媛県と大分県の間にある宇和海に浮かぶ島、日振島(ひぶりじま)の海賊たちが、魚を船上で手軽に食べるための料理として考案され、広まったという説があります。
貴族から海賊へと身を転じた藤原純友(ふじわらのすみとも)に始まり、「村上海賊」の名前で呼ばれた村上水軍まで、海賊の歴史が深い瀬戸内。その中で生まれた豪快な海賊メシがルーツ、と考えると、なんだかより一層、興味が湧いてきますね。
JR田町駅、都営地下鉄三田駅から徒歩5分、慶応義塾大学三田キャンパスへと通じる「慶応仲通り商店街」を進むと、「瀬戸内水軍 田町三田本店」が見えてきます。
14世紀中盤、瀬戸内海で一大勢力を築いた海賊「村上水軍」にちなんで命名されたお店の店内は、古民家を思わせる落ち着いた木の内装が特徴的です。
オープンのきっかけは、店舗を運営する会社の社長さんが愛媛県出身という縁から。一部を除き、瀬戸内から直送される食材を使った「愛媛料理」を提供しています。
総料理長の夫馬一明(ふま・かずあき)さんは、15歳から料理の道へ入り、日本そば店や懐石料理店など、30年以上の経験を持つ大ベテラン。これまでの技術を活かし、お店で提供する愛媛料理にさまざまな趣向をこらしているといいます。
瀬戸内水軍では「宇和島鯛めし」に加え、夜の時間帯限定で、鯛をまるごと土鍋で炊き込んだ「塩鯛めし」と「胡麻鯛茶漬け」を提供。「胡麻鯛茶漬け」は、「宇和島鯛めし」をベースに、夫馬さんがオリジナルのアレンジをほどこした一品です。
今回取材に訪れたのはランチの時間帯でしたが、特別にディナーのメニューも提供していただけることに。味の違いを比べてみることにしました。
まずは、「宇和島鯛めし」から。
愛媛直送の鯛のお刺身に、アルコールを飛ばした酒と醤油を合わせた特製ダレ。そして薬味に、生卵が付いてきます。
「ベースはシンプルにして、豊富な薬味で楽しんでいただくことを考えました」(夫馬さん)
まずは特製ダレに生卵を溶き、ハリのある新鮮な鯛をそっと漬け込みます。
透き通った鯛の身と、キラキラ輝く卵の彩りがたまりません。すき焼きを食べるかのような豪華な姿は、食べる前からなんとも雰囲気をかきたてます。
タレの味が鯛に馴染むまで、待つこと1分少々。
ほんのり身が色づいたのを確かめたら、ホカホカ炊きたてのごはんに優しく乗せ、薬味で彩りを添えます。
真っ白なご飯の上で、さらにまばゆく輝く愛媛の鯛!
鯛の食感をしっかり感じながら、さらに噛みしめると、身に蓄えられたシャープな旨味とタレの風味が調和し、真正面からストレートにこちらへ向かってきます。二度、三度とさらに噛みしめるごとに味がどんどん絡み合い、いつまでも口を動かしていたくなるほどの夢心地。徹底的に研ぎ澄まされたシンプルさゆえ、その味の余韻が際立っています。
続いて、夫馬さんが懐石料理をヒントに「宇和島鯛めし」をアレンジした「胡麻鯛茶漬け」をいただきます。
醤油ダレに代わり、今後は濃厚な胡麻ダレで。やさしい甘さとコクを持つ胡麻の風味が合わさると、鯛の旨味がまた違った角度から引き立てられるのを感じます。
鯛の味はやや酸味を含んだ塩味が基本にありますが、ダシを注ぐと新たな味の要素が加わり、より立体的な味に。鯛って、組み合わせ次第でこんなにも表情が変わるんだ…… と、静かな驚きを感じました。
「次のメニューは、出来上がるまで40分ほどお時間をいただきます」
夫馬さんの言葉にうなずき、じっと待つこと40分。満を持して登場したのが、松山式の鯛めしをベースにした「塩鯛めし」です。
たっぷりのご飯に鯛を一匹まるごと乗せ、土鍋で蒸し上げた姿は豪快のひとこと。ご飯一粒一粒まで、鯛のエキスが染みわたっているのがわかります。
鯛は骨が硬いので、うっかり刺さると大変。あらかじめ危険のないよう、夫馬さんみずから丁寧に骨を取り、食べやすく混ぜてサーブしてくれます。
メニュー名の通り、塩がベースのシンプルな味付け。鯛の旨味がフルに引き出されているのでそのままでも十分に美味しいのですが、絶妙な加減で加えられた塩が、その味にはっきりとした輪郭を与えてくれます。
「ご飯を召し上がったら、次はお茶漬けにしてお楽しみください」
黄金色に輝く出汁を注ぐと、ふたたび鯛の香りが一面に。サラリとした口当たりのあとに、ゆっくり、じっくりと旨味が立ち上がってきて、思わず「ほっ」とため息が漏れてしまいます。
それにしても、数人で囲むことが前提の土鍋、一人ですべて食べきるのはなかなか大変です。思案していると、夫馬さんが声をかけてくれました。
「残った鯛めしは、おにぎりにもできますよ。お店で食べきれなかったら、お土産に持って帰ってください」
やさしく握られたおにぎりには鯛の身が見え隠れして、なんとも美味しそう。帰路、なんども包みを開けたい衝動にかられながら、自宅でゆっくりといただきました。
時間が経つとさらに味がなじんで、深みがさらに倍増。もはやこれだけでも単品の料理として成立するのではないか、とすら感じました。
地元直送の味が楽しめるとあり、愛媛出身の人々が多く訪れるという「瀬戸内水軍」。その職業も新聞記者や銀行員など、さまざまだといいます。
「愛媛料理をその東京で広めるというよりは、愛媛の人が集う場所になればという思いで店を開いています」(夫馬さん)
店を訪れる人には、愛媛県産食材の普及を目指す有志団体「えひめサポーターズ」のメンバーも。送ってもらう色とりどりの果実を、お店では月替わり「瀬戸内サワー」として提供しています。
愛媛を軸にさまざまな人のつながりが生まれ、さらに魅力を増したお店に多くの人々がやってくる、素敵な循環が生まれているといいます。
「忘れられないのが、就職で愛媛から東京にやってきて、初任給で同郷の友達と食べに来てくれたというお客様。コロナでいろいろ分断された世の中だったので、なんとも言葉にできない思いがこみ上げました」(夫馬さん)
ふるさとへの思いが人一倍強いという、愛媛の人々。お店とお客さんが一体となり、交流することで生まれる温かい雰囲気は、県外出身の人にも届いているようです。
「『旅行をきっかけに愛媛が好きになった』『おいしい愛媛のお酒が忘れられなくて……』という声も多くいただいて、本当に嬉しい限りです。でも、愛媛の人たちは『自分たちはまだまだPRが下手だ』って言うんですよね。大好きな愛媛を一人でも多くの方に知っていただくためにも、私たちの力添えができたらと思います」
■瀬戸内水軍 田町三田本店
東京都港区芝5-24-3日置ビル1F
JR「田町」駅、都営地下鉄「三田」駅から徒歩5分
営業時間:昼11:30〜14:30 / 夜17:00〜23:30
定休日:日曜日、祝祭日
03-3451-3977
文・取材・撮影 = 天谷窓大
企画 = ロコラバ編集部(株式会社トランジットデザイン)