少子高齢化が進み、人口減少の入り口が見え始めてきた日本。増やすことのみに主眼が置かれてきた高度経済成長期からの反動として社会問題化しているのが、全国各地に存在する「空き家」の問題です。
なかには売り手が買い手に対して料金を支払い、引き取ってもらう「マイナス価格物件」まで登場するなど、負債としての側面がクローズアップされがちな空き家。これに対して、斬新なアプローチを仕掛けている企業があります。
その名も、「空き家活用株式会社」。率いるのは、20年以上にわたって不動産業界でキャリアを積み重ねてきた、和田貴充CEOです。
ーー長く不動産業界でキャリアを重ねてきた和田さんですが、「空き家活用」に特化した不動産会社という発想は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
和田さん:24歳から不動産業界で20年仕事をしてきましたが、不動産業界に蔓延する「お客様をお客様と思っていない」空気がたまらなく嫌でした。お客様にとっては新しい生活の始まりとなる非常に貴重なお買い物なのに、売る側が考えるのは、いかに安く物件を仕入れて、高く売るかということばかり。お客様の人生に対して向き合わない業界の空気に懸念を抱き、お客様にとっての幸せを考えようと、34歳で新築分譲の会社を起業しました。
空き家というものに向きあうきっかけとなったのは、ちょうどこのころでした。起業家仲間たちと、世界遺産に認定された長崎の軍艦島(※)を訪れたのです。
(※軍艦島:長崎半島の沖合から約4.5kmの沖合にある島。正式名称は「端島(はしま)」。巨大な探鉱を有し、採掘関係者らによって巨大な生活圏が築かれたが、1974年の閉山を機に廃墟化した)
ーーいまや軍艦島は、島全体が巨大な廃墟となっていますね。
和田さん:大正5年には島内に鉄筋コンクリートで「日本初のマンション」が作られるなど、かつては“日本の最先端”を行く場所でした。しかし石炭が採れなくなり、1974年に閉山。いまでは完全な廃墟の島になってしまいました。
軍艦島は世界文化遺産、近代文明の象徴とされています。でも、自分は納得できませんでした。古くなって潰れた建物をそのままにして、また別の場所で新しい街を作り直して、古くなったらまた放置する。その繰り返しが果たして“文化遺産”と言えるのだろうか、と疑問を抱いたのです。
そのとき、仲間に言われた一言が忘れられません。「お前たち不動産業者が日本中を『軍艦島』にしようとしている自覚はあるのか?」と。思わずはっとなりました。
ーーこれまでのお仕事の意義を根本から揺るがすような言葉ですね……
和田さん:家を建てる仕事には誇りを持っていましたが、ちょっと待てよ、と。
これから日本の人口が減少に転じていくなかで、これまでのように建物を建て続けていたら、空き家がたくさんできていく。その言葉通り、このままでは日本中が軍艦島になってしまう。そのとき感じた「はたしてそれでいいのか」という思いが、空き家活用に取り組むきっかけとなりました。
ーー物件としての価値が新築よりも低いイメージのある空き家ですが、それをビジネスとして扱うことに不安はありませんでしたか。
和田さん:私はむしろ、空き家活用がこれから大きなビジネスになるのではないかと考えました。
一言で言えば、空き家を「空き家」じゃなくすればいい。新たな価値を掘り起こして新しい暮らし方を自分たちの手で作り上げれば、もしくはそれをやろうとしている人たちをつなげれば、新たな不動産流通のマーケットが生まれるのではないかと思いました。
ーー空き家が発揮しうる価値とは、どのようなものでしょうか。
和田さん:現在はデュアルライフと呼ばれるように、複数の街に生活を拠点におくような新しい生活の形が注目されています。古民家を改造してカフェにしたり、民泊用の施設にするといった活用方法も進んでいます。
最近、宮城県の方が山口県の空き家を購入されました。これまでの不動産業界的には、遠く離れた土地の物件を購入するなど考えられないことでしたが、自分たちが主に生活する家のほかに、定期的に生活拠点を移動して環境を変える住み方をしたいというニーズが、現に生まれているのです。
こうした用途に地方の空き家を使ってもらえれば、物件として価値が十二分に発揮されるでしょう。魅力的な物件が生まれれば、それだけその場所を訪れる目的が増え、街づくりにもつながります。
ーー建物としての空き家活用は非常に興味深いところです。古民家カフェや民泊以外には、どんな活用法が考えられますか?
和田さん:空き家をゴーストレストラン(※)にしたり、年季の入った建物ならではの利点を活かして「ペットを飼う物理的ハードルを極限まで下げた家」を作るといったアイデアを構想しています。
(※ゴーストレストラン:接客スペースを持たない、厨房のみの飲食店。デリバリー専門店など、一つの設備を使って複数の飲食店を運営するなどの活用法がある)
先日も、高知県のとある岬にある空き店舗を保養所にしたいという企業からのお問い合わせがありました。詳しくお話を聞くと、社員のみなさんが釣り好きとのことで、みんなでゆっくりできる拠点を設けたいというのです。保養所という形式ならば、利用する人がいない時期は、他の人へその場所を貸し出すこともでき、新たなビジネスも期待できます。
ーー現在、空き家活用株式会社ではどのようなサービスを展開していますか。
和田さん:基本としてある事業が、「空き家データベース」の運営です。空き家を所有する地主さん、大家さんから寄せられる情報をもとに全国各地の空き家をマッピングし、どこにどんな空き家があるか、一覧できるようになっています。
ありがたいことに1日1本以上は新たな空き家の情報が寄せられており、“物件数”もどんどん増えています。私たちが手がける事業での利用はもちろんのこと、私たち以外にも空き家を買い取りたいお客様や、家主さんとの仲介を手がける不動産業者へもつなげています。
さらにこれを発展させ、現在は空き家を抱える自治体と連携し、地域内の空き家情報を管理するクラウドサービスを構築しています。職員1人分程度の安価な費用で利用できるサービスとして提供し、積極的に利用して頂くことで、あちこちに眠っている空き家の“掘り起こし”を進めているところです。
お客様向けのサービスとしては、YouTubeを活用した空き家紹介コンテンツの発信や、LINEによる利活用向け窓口を展開しています。YouTubeは開設からまだ5ヶ月(※2022年5月取材)ですが、すでにチャンネル登録者数2万4000人、合計再生回数250万回と非常に注目されており、動画を見たという海外のお客様からのお問い合わせも増えています。
LINEは日々登録者数も増えていることから、年内に1万人突破することを目指しています。
ーー一般的に物件は借主・買主が家主に賃料や購入料を支払うものですが、空き家のなかには無償で譲渡されたり、「マイナス価格」を付けて家主が借主・買主へ逆にお金を支払うケースも見受けられます。このような状況下で空き家活用をビジネスにするのは難しいのではないかと考えてしまうのですが……。
和田さん:空き家に関しては、引き取り手のない物件をわざわざもらってあげている、買ってあげているというような風潮が一部にあるのも現実です。
私たちとしては、「空き家=0円物件」という見方をしてほしくありません。きちんと価値があるのに「安い安い」と自らを安く売っていては、あまりにもったいないと思うのです。
空き家には、これまでその建物が積み重ねてきた歴史があります。家主さんにお話を聞くと、「体力的に限界になってしまったが、ひいおじいちゃんが大切にしてきた家をこれまで一生懸命維持してきた。この建物への思いを引き継いで、大切に受け継いでくれる人を探している」という言葉が返ってきます。
空き家を活用するということは、そこに蓄積されたストーリーに共感し、それを引き継ぐということなのです。
ーーこれまで値段が無かったからこそ、そこに“プライスレス”な価値があるのですね。
和田さん:「価値が付けられない」ということではなく、「いかようにも価値が見いだされる」ということだと思っています。同じ空き家にしても、「うっそうとした森に立つボロボロの家屋、300万円でいいですよ」と売るのと、「畑もついて山もついて、軽トラまでついています。500万円ですが、それ以上の価値がありますよ」と売るのとでは、全然結果が変わってきますよね。
新築は完成した瞬間がもっとも価値が高く、そこから先は下がっていくしかありません。しかし逆に中古物件や空き家というものは、これからどんどん価値が上がる可能性を秘めています。現に空き家の世界では、家主さんが300万円と値段を付けた物件に対して、「500万円出しても欲しい」という人が現れて、実際に500万円で売れてしまうんです。手に入れられるなら、追加の200万円くらいは気にしない──。そういう人が、いま空き家を買っています。
だからこそ、家主さんが持つ思いや感じる価値を、きちんと発信し、買い手の方とつないであげる、表現してあげる。私たちがいま果たそうとしているのは、そうした役割なんです。
ーーこうして空き家に対する評価の形が浸透すれば、いま空き家を多く抱える日本そのものの価値を作り出すことにもつながっていきそうですね。
和田さん:いま世間で言われている価値とは、ただの貨幣上の価値でしかないんです。これからの未来を考えるうえで、そうした考えは違うと思っています。いま日本を安くしてしまうと、次の世代が暮らす日本の価値全体が下がってしまいます。
これからいかに価値というものを上げていくか、日本国内もそうですし、グローバルな視点で考えても、それはやっぱりお金の価値ではないように思うのです。自然、文化、あとはインフラ。
日本の中では気づかれていないけれど、世界からは素晴らしい日本の価値がたくさん見いだされています。伝え方によって、その価値は0円にもなれば、何億円にもなる。空き家活用を通して共感をもとにした評価経済が進み、未来の日本の国土の価値をあげることにつながればと思います。
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空き家が建物として蓄積してきたストーリーを新たな付加価値としてニーズに結びつけ、「引き取ってもらう」ものから「共感する人が高く買う」ものへと空き家を大転換させている和田さん。
相場的、貨幣的な価値観から脱却し、共感という「お金で買えない価値」の経済を生み出す空き家活用は、埋没資源の有効活用のみならず、これから人口的に縮小していく日本が引き続き世界に高い価値を提供していくための大きなヒントとなりそうです。
取材・文 = 天谷窓大
編集 = ロコラバ編集部