令和3年7月熱海市伊豆山土石流災害 地元・熱海のコミュニティFMに求められた役割とは|静岡県熱海市

2022.3.28 | Author: 天谷窓大
令和3年7月熱海市伊豆山土石流災害 地元・熱海のコミュニティFMに求められた役割とは|静岡県熱海市

日本有数の温泉地として絶大な知名度を誇り、つねに多くの観光客で賑わう静岡県熱海市。この街には「Ciao!」の愛称で親しまれ、インターネット配信を通じて全国各地からもファンを集めるコミュニティFM「エフエム熱海湯河原」があります。

 

同局は1999年4月、「エフエム熱海」として開局。当初は熱海市のみを放送エリアとしていましたが、同市北部の泉地区に隣接する神奈川県湯河原町とともに一体となって「湯河原温泉」を形成している実情を反映し、2001年の中継局開設を期にエリアを拡大。全国的にも珍しい、2県・2地方に放送エリアをまたぐコミュニティFMとなりました。神奈川県下の県域、コミュニティFM等で構成される「神奈川エフエムネットワーク」にも、静岡県のコミュニティFMとして唯一加盟しています。

 

2021年7月に、同市の伊豆山(いずさん)地区で発生した「令和3年7月伊豆山土砂災害」の際には、生放送中のパーソナリティが、家族や知人から入った被害の詳細をいち早く発信。以降、100時間以上にわたって早朝から深夜までの臨時報道体制が敷かれ、最新の災害情報を市内外へ発信し続けました。

 

放送に関わるパーソナリティ、スタッフ自身が他ならぬ災害の当事者であるという状況のなか、未曾有の事態に地元コミュニティFMとしてどう立ち向かったのか──。株式会社エフエム熱海湯河原 専務取締役の山崎浩一さんに話を伺いました。

素早い“避難の呼びかけ”が実現した背景

――伊豆山地区について、以前より災害の危険性は認識されていたのでしょうか。

 山崎さん:伊豆山地区はこれまで大きな災害もなく、危険な地域であるという認識はありませんでした。発災当時、私は非番だったのですが、交流のあるリスナーの方から「伊豆山で土石流が発生した」という連絡を受けたとき、「まさか」という思いが大きかったのを覚えています。その後、大きな被害が起きていることがわかり、すぐに局へ向かいました。

株式会社エフエム熱海湯河原 専務取締役 山崎浩一さん

 

――災害が発生したとき、エフエム熱海湯河原ではどのような状況でしたか。

山崎さん:土石流が発生したのが午前10時30分ごろ、エフエム熱海湯河原では生ワイド番組の放送中でした。発生から30分が経過した11時ごろ、伊豆山に住んでいた担当パーソナリティが家族や知人から「伊豆山で土石流が発生して住宅が流されている」とのメッセージを受け取り、そのまま放送で第一報を伝え、避難を呼びかけました。さらに「伊豆山般若院で上からの土石流で住宅が流されている。」「一体が土砂で埋まり木造住宅等がかなり流されている。」「国道135号の愛染橋まで土砂があふれている。」「国道は車が大混雑している。」等、具体的な被害の状況を伝えました。そこまでの詳細情報が自治体から発表されたのはかなり後になってからでした。

 

――行政からの詳細発表がないうちの報道に、不安や懸念はありませんでしたか。

 山崎さん:被害現場からの生の情報だったので不安等は全くありませんでした。また「Ciao!」はパーソナリティ、スタッフとリスナーとの距離が日頃から極めて近く、お互い顔のわかる間柄であるということを強みとしていました。リアルな人間関係が担保されていたので、寄せられる情報の精査についても、局側で十分に対応できると判断しました。リスナーの方々も、我々のこうした対応に期待して情報を提供していただいていると思い、一秒でも早く伝えなければという思いでいっぱいでした。

 

スタッフ・パーソナリティには被災者も。“当事者目線の情報発信”が街を動かした

――災害報道体制はどのくらい続きましたか。

山崎さん:発災当日の7月3日から始まり、7月20日まで2週間ほど続きました。朝、昼、晩の生ワイドでレギュラーを務めるパーソナリティを中心に、他の番組のパーソナリティやレポーターがサポート役として自主的に集まり、発災からまもない時期は毎日24時まで、それ以降は毎日22時までの交代シフトを組んで対応しました。

 

――災害報道体制時には、どのような情報を伝えていましたか。

山崎さん:交通機関の状況をはじめ、路線バス運休等、交通機関の状況、捜索活動、避難情報、復旧状況、亡くなられた方の氏名など。そのほかにも、ライフラインの手続き、災害ボランティア、ペットの相談、給水活動、入浴施設無料開放などを伝えました。また、多くの方が着の身着のままで避難されていたので、紛失した免許証、保険証等の再交付手続きや、銀行口座引き出し手続き等、被災された方にとってすぐに必要とされる生活情報を第一に放送しました。市の災害対策本部で行われる記者会見についても担当のスタッフが現場に張り付き、毎日夜の時間帯にノーカットで放送しました。

 

――今回の災害では、「Ciao!」のスタッフの方々はご無事だったのでしょうか。

山崎さん:第一報を伝えたパーソナリティは伊豆山に自宅を構えていましたが、土石流で流されてしまいました。幸いご家族のみなさんは無事で、熱海の中心部にあった実家にしばらく身を寄せていたそうです。同じように自宅を流され2021年12月現在も公営住宅で生活しているOBのパーソナリティもいます。

 

――放送を担当されたスタッフ、パーソナリティのみなさん全員が“当事者”だったのですね。

山崎さん:スタッフやパーソナリティである前に、地元住民として被災者になるという状況でした。本来ならば、スタジオに入ることも、ましてやマイクの前に向かうことなど、とても耐えられない心境であったはずです。しかし、顔が浮かぶ間柄である地元の人々に向けて助けとなる情報を発信しようという思いで、自分たちの役目を全うしてくれました。

 

インターネット配信を通じ、熱海の「中」と「外」を放送でつないだ

――インターネット配信を通じ、「Ciao!」の放送は熱海・湯河原以外の地域からも放送を聴くことができますが、こうしたエリア外のリスナーに向けた情報発信は行っていましたか。

 山崎さん:直接被災した方向けの情報はもちろんですが、そうした方々をサポートする方々向けの情報も盛り込み、伝えていました。具体的には、国道135号、熱海ビーチライン等、主要道路が通行止めとなったため、迂回ルートの案内や、義援金や支援物資の受付、災害ボランティア受付状況など も放送しました。

 

――熱海の現状が気になる全国の人々に向けて、「中から」の情報をつなぐ役割も担っていたのですね。

山崎さん:熱海がふるさとである方や、熱海をよく訪れている観光客の方など、「熱海がいまどのような状態になっているのか知りたい」という声を多くいただきました。今回の災害は全国的なニュースとして大手メディアでも多く報道されましたが、あくまで全体像としての報道であり、本当の意味で地元に即した「番地レベル」の情報を伝えるところはありませんでした。だからこそ、「地元目線」の情報を伝えられたことは大きかったと思います。熱海市の災害対策本部の記者会見発表をノーカットで放送したことへの反響として「自分たちが普段足を運んでいる街が、実際にどのような状況になっているのかを知ることが出来た」という声も多くいただきました。

 

JR熱海駅ビルに観光案内所と併設されるサテライトスタジオ前には観光客の方々が足湯を楽しむ姿もあり、そこには観光地熱海の穏やかな日常の光景がある

 

「予期できる災害」への備えを積み重ね、「予期できない災害」に備える

――これまで「Ciao!」では、どのような災害対策を行ってきたのでしょうか。

山崎さん:スタジオには地震発生時のコメントを張り出していたほか、非常用電源として大容量の発電機を導入し、月2回試験起動させて動作を確認していました。東日本大震災の際、長期の計画停電により市内の行政無線スピーカーがバッテリー切れで稼働しないという事態が起きましたが、「Ciao!」の放送は、非常用電源を使用することで放送を続けることができました。

また、全国瞬時警報システム「Jアラート」と連動して自動放送を行う装置や、遠隔操作で放送に割り込める装置を備えており、万が一局内が無人の場合でも、すぐに放送を行える体制を整えています。人的な面においても、毎年9月に行われる市・町の総合防災訓練に自社の訓練を兼ね、毎年参加しています。

 

――常日頃から、万全の備えを積み重ねてきたのですね。

山崎さん:しかし、これらの備えを持ってしても、今回の土砂災害は想定を大きく超えるものでした。これまで蓄積した経験や、それをもとに練り上げたマニュアルすらも上回る事態だったのです。災害には、「予期できるもの」と、「予期できないもの」があるのだということに気付かされました。小規模な連携も含め、これまで以上に「予期できる災害」への備えを積み重ね、いかに「予期できない災害」への対策に近づけていくかが課題だと感じました。

 

「顔の見える間柄」であり続けることが最大の備え

――直面した課題も大きかったと思いますが、同時にスタッフやパーソナリティの方ひとりひとりが地域と密接に関わり合っていたからこそ、果たせた役割も大きかったのではないでしょうか。

山崎さん:これまで以上に、地域とのつながりの重要さを感じるようになりました。今回の第一報にしても、被災地域で実際に生活しているスタッフでなかったら、ここまでスピードをもって詳細な内容を伝えることは難しかったでしょう。

早い段階から必要な情報を出せたのは、他ならぬ「Ciao!」のスタッフ自身が当事者であったことも大きかったと思います。地域に根ざすコミュニティFMとして、地元に暮らす人が放送に関わることの重要性を感じました。

取材当日もスタジオには市民パーソナリティの方が放送の準備をする様子があった

 

――今回の災害報道を踏まえ、今後どのようなことに取り組んでいきたいですか。

山崎さん:今回の土砂災害は伊豆山という地域で発生しましたが、今後、他のエリアで同様の災害が起こらないという保証はありませんし、つぎにどこで、どのような災害が起きるのか、私たちには予想することができません。だからこそ、それぞれの地域にどのような人々が生活しているのかというところをふくめ、あまねく地域の情報を把握し、放送に反映していくことが大切だと感じました。

「Ciao!」ではこれまでも観光情報発信の側面から地域のイベント中継を積極的に行ってきましたが、これからはこうしたイベントの場に局としてさらに積極的に参加し、普段からの認知を高めていきたいと思います。熱海、湯河原の方々と、お互い「顔の見える間柄」であり続けることが、地元に根ざしたコミュニティFMとしての使命と考えています。

 

【Ciao!(チャオ)概要】

社名:株式会社エフエム熱海湯河原
ステーション名: Ciao!(チャオ)
周波数:79.6MHz
所在地:〒413-0018 静岡県熱海市上宿町9-5
ホームページ: http://www.ciao796.com/index.php

 

文 = 天谷窓大
写真 = 株式会社トランジットデザイン

シェア

  • Twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク

カテゴリ