コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第192回/天然のウッドな響きをオーディオに盛り込んでいく5月 [田中伊佐資]

●5月×日/昨年11月、レコードプレーヤー(テクニクスSP-10MK3)のキャビネットを神楽坂の無垢材専門家具工房アクロージュファニチャーに作ってもらった。それまでテクニクスの純正品だったが、これでブラック・ウォールナット製に変わたった。

 この欄でそのことを書いたような気がしてバックナンバーを読んだが、どうも触れていないようだ。このネタはあちこちの雑誌に使い回していたら、わけがわからなくなってしまい抜け落ちたのかもしれない。

 ともあれ、この衣替えよってプレーヤーが生まれ変わったようにグレードアップした。レコードの溝に刻まれた情報をカートリッジが拾う仕組みに対して、プレーヤーが入っている箱なんてさほど関係ないように思う。しかし全体の素材や構造をひっくるめたプレーヤーというカタマリが響くハーモニーが音に出ちゃうのは事実のようで、この現象はとても面白い。


ブラック・ウォールナット製キャビネットに収まったテクニクスSP-10R

 木の響きは音楽への付帯音、つまりピュアじゃないと捉える考えもかつての僕にはあった。しかし耳は変わる。聴いて気持ちよければそれでオーケー。マイファイ主義になってから、どんどんウッディな方向に傾いている。

 逆に樹脂系のアクセサリー、たとえばインシュレーターとかだが、最初はいいなと思っても次第にあのサラッとすました人工的な感じが鼻について、しまいには外してしまう。好みってどういう弾みで形成されていくのか不思議だ。

 キャビネットの話を戻すと、ディスクユニオンJazzTOKYOの生島さんも僕と同じプレーヤーを使っている。この5月に発売されたテクニクスの最上級プレーヤーSP-10Rを僕が持っているMK3と比較する取材が自宅であった。その違いをどうしても知りたかったらしく、ボランティアの作業ヘルパーとして駆けつけてくれた。


ONTOMO Shopで販売されているブラック・ウォールナット製オーディオボード

 そのときに、10Rもさることながら、僕の新しく入れたウォールナット製キャビネットにひどくムラムラときたようで、自分も作ろうとアクロージュファニチャーへ一緒に行くことになった。

 僕は僕で、キャビネットの結果に気をよくして、今度は同じブラック・ウォールナット製オーディオボードをパワーアンプ用に作りたかった。ボードはすでにONTOMO Shopで売っているのだが、そのサイズでは大きいため特注するしかない。

 アクロージュファニチャーでは、代表の岸邦明さんが生島さんへブラック・ウォールナットの在庫品や次に入って来るロットなどを説明する。なにしろ天然ものなので、サイズを含めて個体差があるのだ。

 どの板材で作るかほぼ決まった段階で「ちなみにほかの種類の木はどうなんですかね」と生島さんが軽く質問をしたら、岸さんはハードメイプルを出してきた。

 百見は一聴にしかずで、それぞれの無垢材で作ったボードをCDプレーヤーに敷いて聴き比べをしてみる。

 簡単にいえばウォールナットは重厚感がありハードメイプルはヌケのいい快活な音。生島さんが使っているパラゴンはもともと音に厚みがある。切れ味がいい方向へ導いたほうがいいという判断が働いたのか、大逆転で無垢ハードメイプルのキャビネットを作ることになった。

 またパラゴンはウォールナットの突板仕上げなので、同じ素材にすると方向が強調される可能性がある。そういえば僕がウォールナットのボードが欲しいのも、スピーカーがハードメイプル製だから、別種にしようとする意識は無関係でない。

 ウッドな響きは単体でも心地好いが、さらにブレンドしていくと有機的な深みが出てくる。弦楽器など木材を多用する楽器は、パーツによって樹種が異なっているのも、そういった理由だろう。

 ボードは6月中旬に完成する予定で、パワーアンプに使う。脚はスパイクなので、板にそのまま突き刺すつもり。

 そんな一連のことをステレオ誌の吉野編集長に話したら、樹種による音の違いは掘りがいがあるテーマなんだそうだ。

 というのも今年の同誌2~4月号「クラフトヴィンテージ」のページで、カートリッジ(シュアM44-7)のボディをサクラ、ニレ、タモ、ナラ、ウォールナット、チークなど9種類の木に変えて、音を比べてみたら千差万別だったらしい。

 吉野さんも連載の筆者キヨトマモルさんもオニグルミが好印象だったそうで、クルミを英訳するとウォールナット、つまりウォールナット系は音がいい樹種なのかなと思ったりもする。しかし当のウォールナットそのものも、試したがさほどでもなかったみたい。天然木については樹種によって適材適所の法則があるとみた。

 とりあえず僕もシュアM44-7をオニグルミ・ボディに変えてみようと思う。

(2018年6月11日更新)  第191回に戻る  第193回に進む      

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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