コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第58回/ぶらっと北海道に行ってきた [村井裕弥]
北海道には、12年間で7回行った。 |
![]() 根室駅 |
42歳になるまで行かなかったのは、万葉集や源氏物語に出てこないし、チベット仏教とも縁のない場所だから。しかし、40歳頃「あと行ってない都道府県は北海道だけか」ということになり、なんとなくAの格安ツアーに参加して、大した感動もなしに帰宅。印象に残っているのは、ウトナイ湖の白鳥と小樽「ふじ寿司」で食べた旬の握り(これだけはやけにおいしかった)。
Aが無感動であった証拠に、その後4年7か月も北海道には足を向けていない。Bだって、「北海道旅行」とは呼べないだろう。マグロで有名な大間にフェリーで渡るためだけに、函館まで行った。しかし、そのために乗った特急スーパー白鳥がやけに快適だったので、以後「北海道の特急に乗ることだけを目的に来るのも悪くない」と思うようになった。
![]() ★2009年10月「せんくら」で 河村尚子を聴いた |
CとDは、いずれもJRのフルムーン夫婦グリーンパスを使っての日本一周。もちろん北海道の特急を心ゆくまで堪能した。このあたりから北海道に行くことが増えたのは、「楽しみ方」が少しわかってきたからだろう。「おいしいお店」に当たる確率もだんだん上がってきた。 Eは「せんくら」に河村尚子が出るから仙台に2泊し、そのあと仙台空港から北海道に向かった。愉快なことは山ほどあったが、「ひとくちに知床といっても、ウトロ側と羅臼側では全然違う」というのが最も興味深かった。 Fでは、礼文・利尻の魚介を堪能。Gでは、クレズマー(ユダヤ民族音楽)の生演奏にふれることができて、とても有意義であった。 この夏、根室に行こうと思ったのは、実はEがきっかけ。帰りに嵐がやって来て、中標津空港からの便がなかなか飛べなかったのだが、そのとき空港内の表示やチラシを見て、「へえ、ここからバスに乗れば、根室に行けるんだ」と知った。その漠然としたプランを実行に移す時が来た。朝日に一番近い街へ行くのだ! |
羽田発中標津行きは12:00。直行便はこれしかない(札幌で乗り換えるという手もあったが、少し割高なので却下)。予定通り13:40分頃中標津に着いた。なつかしい。5年前何時間も待たされた待合室はそのままだ。空港から根室方面に向かうバス(本数がえらく少ない)に乗り遅れたら大変だと大急ぎで乗り込むが、「まだ乗る方がいるかもしれませんから」とバスはなかなか発車しない。
乗客は全部で8人くらいであったか。しかし、内5人くらいは、中標津のバスターミナルですぐ降りてしまい、あとは3人だけ! 途中の停留所から乗る人は皆無で、そのまま一般道をひた走る(このあたりに高速道はない)。 |
![]() 「炉ばた 俺ん家」ホヤ酢の物 ![]() 刺身盛り合わせ ![]() 納沙布岬周辺の展示物も各種ツアーも、「北方領土のことにもっと関心を持ってほしい」という思いで一杯 |
![]() 金刀比羅神社 ![]() 風蓮湖道の駅で食べた 花咲ガニの釜飯 ![]() 春国岱原生野鳥公園 |
5分休憩して、「のさっぷ号」はリスタート。さっきまでは納沙布岬の先端をめぐり、ここからは根元のほう。花咲灯台車石-風蓮湖道の駅スワン44ねむろ-春国岱(しゅんくにたい)原生野鳥公園ネイチャーセンター-北方四島交流センターと回って、13:30 JR根室駅前ターミナル着(以上Bコース)。計5時間5分で1,850円という価格は、CPかなり高め。ただし、7月中旬から9月下旬までしか運行しないので、ご利用の際はぜひ事前にご確認を。 |
お通しのタコは茹でて薄味を付けただけのようだが、素材の生かし方が絶妙(タコって、あんな味がするものなんだ)。刺身盛り合わせも、鮮度と味わい深さが際立つ。銀だらのカマ焼きも塩加減がちょうどよく(おそらく塩もただの塩ではない)、にぎりとの対比が、両者を見事に引き立てる。ここも、観光客の姿は少なく、9割以上が地元常連さん。 |
![]() ![]() 銀だらのカマ焼き |
![]() 3日目、釧路駅に到着 ![]() 釧路「和商市場」の勝手丼 |
10:39釧路駅に着くと、隣のホームに「ノロッコ2号」(翌日乗るつもりの釧路湿原展望列車)が止まっている。夏休みのピークは過ぎているというのに、満席じゃないか!? 天候が心配だったので、事前予約してないのだけれど、大丈夫か? |
サンマ、イカは、ホタテ、カキはもちろん、ちゃんちゃん焼きやとうもろこし、ソーセージなども並んでいる。セルフが不安なお客様もいるだろうと、職人さんがテント内を巡回してくれるのもありがたい。食べるタイミングを教えてくれたり、キッチンばさみでイカなどを大胆に切り分けてくれたりと大活躍。切り分けてもらったイカは、はらわただけを調味料にして食べたのだけれど、これまでの半世紀で食べたどのイカよりも美味であったと断言しよう。 |
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4日目、「ノロッコ2号」は11:06発。塘路(とうろ)駅で降りると、カヌーショップの人たちが出迎えてくれた。カヌーは3人乗り。一番うしろにショップの人が乗り、自分たちは彼の邪魔をしない程度に漕いでいればよいのだという。あと「身を乗り出さないように」「絶対立ち上がらないように」。自分では身を乗り出しているつもりがなくても、ちょっとした重心移動でカヌーは揺れる。それがかえって心地よい。 |
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★2009年10月「せんくら」で河村尚子を聴いた
仙台に行けば、3日間で河村尚子の生を5回も聴けると知り、「これは行くしかあるまい」と即断。インターナショナルオーディオショウ2009の取材直後、東北新幹線に飛び乗った!
フェスティバル初日のガラコンサートはほぼ満席。チェロの遠藤真理さん、クラリネットの赤坂達三さん、ヴァイオリンの漆原啓子さんとビッグネームが揃い、仙台フィルまで付けて2000円(!)だから、少しでもクラシックに関心のある仙台市民なら馳せ参じるということか。
河村さんはこの夜、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491を弾いた。開始から2分余りが経過し、ようやくソロが始まると、会場の空気がさっと引き締まる! 聴衆のほとんどが「このピアニスト、何者だ」と畏れ入った瞬間。
このコンサートは締めのツィゴイネルワイゼンを除けばすべて第1楽章のみなのだけれど、K.491第1楽章が終わったとき「拍手なんかしたくない。もっと続きを弾いてほしい」と皆が願っていたような…。そのため拍手が何秒か遅れたのではないか。
ガラコンサートが終わり、ホワイエに出ると、ボランティアの若者が「このあと、アーティストの皆様によるサイン会がございます。ぜひともCDをお買い求めください」と大きな声で呼びかけていた。(このサイン会は、この後も公演のたびおこなわれ、結局河村さんは結局3日間で5回もサイン会をすることになる)
2日目は、11時から米元響子さんと組んでヴァイオリン・ソナタ。会場はイズミティ21の小ホール。昨夜ガラコンサートで使われた大ホールの向かい側だが、小と呼ぶにはちぃと無理がある中規模ホール。
チケットには、「対象年齢:3歳以上」とある。昨夜のガラコンサートは「小学生以上」だった。これまた不安…。お子ちゃまが会場内を走り回ったらどうしよう?
お客の入りは7割以上8割以下というところか。河村さんの生を1,000円で聴けるなんて、今後はまずありえないと思われるのだが、まだ皆さん河村さんのこと知らないのね(がっくり)。
ヴァイオリン・ソナタ、前半(ベートーヴェン第8番作品30-3)は今ひとつ噛み合っていなかったかな。でも後半(モーツァルトK.454)は、大いに盛り上がった。作曲者がどちらも名ピアニストであっただけに、「単なる伴奏を超えた聴かせどころ」の連続。
心配していた「お子ちゃま」は、「ママー。ヨーグルト食べたい」とか騒ぎ出したところで、パパによって素早く抱きかかえられ、ロビーへと消えた。パパ、ナイス!
2日目18:10からは、仙台市青年文化センター・交流ホールで、
□ メンデルスゾーン:厳格なる変奏曲
□ ショパン:華麗なる変奏曲
□ 同:ワルツ変イ長調
□ 同:夜想曲第20番
□ 同:幻想ポロネーズ
アンコールは
□ ショパン:ワルツ作品64-2
「交流ホール」といっても、いわゆる音楽用ホールではなく、まぁるく仕切ってあるだけの空間。壁材も音響を考えているとは思えない。しかし、それでもよく聞えたのは、席がすこぶる前だったのと、河村さんの力量だろう。ごく近くで足先の動きを見れたから、「こんなにも微妙なことやってるんだ」と、ペダリングの妙にも圧倒される!
曲目は9月28日紀尾井ホールリサイタルの後半そのまま。かといって「適当に使い回している」という印象は皆無。真摯に作品、聴衆と対峙して弾いているという印象を強く受けた。それが証拠に、紀尾井とは明らかに異なるチャレンジがちらほら。
2日目20:35から小ホール(午前中ヴァイオリン・ソナタを演奏したところ)。
□ ハイドン:ピアノ・ソナタ第40番
□ シューマン:クライスレリアーナ
アンコール
□ ドビュッシー:ハイドンへのオマージュ
□ シューマン:ロマンス作品28-2
これまた9月28日(月)紀尾井ホールでおこなわれたリサイタルの前半と同じ曲目。アンコールも、紀尾井で弾いた5曲中最初の2曲。
でも、それでよい。彼女が弾くクライスレリアーナは、ホロヴィッツよりも、ルービンシュタインよりもすんなり入ってくる。「シューマン特有の濁り」がなく、音がほどけているところに、無限のニュアンスが開花する。これは、彼女特有の変幻自在なタッチのたまもの。
河村さんは自らマイクを手に取り、アンコール曲の解説までしてくれた。特に2曲目の前!「あつかましくも、2曲目を弾かせていただきます」だって。ドイツで育ったのに、日本人より日本人らしい!
3日目は、再び米元響子さんとのデュオ。ただし、今度はフランスものだ。16:30開演だが、早めに仙台市青年文化センター・パフォーマンス広場へ向かう。なんたって、自由席(笑)だから。
□ ショーソン:詩曲
□ ラヴェル:ツィガーヌ
□ 同:ソナタト長調
河村さんはソロのときオール暗譜だが、伴奏のときは楽譜を見る。でも、すぐ「没頭モード」に入っちゃうというか、表情はソロのときとあまり変わりがない。
唯一のトラブルは、2曲目が終わりお二人がいったん控え室に消えたあと、「本日の公演は、ただ今を持ちまして終了です」という放送が入ってしまったこと。しかし、米元さんも、河村さんも、笑いをこらえながら再登場。「ええっ!? 何で? もう1曲あるんじゃないの?」とざわついていた聴衆もすぐ笑顔がはじけた。
あのときのお二人のくすくす笑いは、おそらく一生忘れることがないだろう。
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