2011年2月/第85回 こんなアルバムがあってもいい

 病を得た岩浪洋三さんが元気になられ、一時退院された。目出度いことなどまるでなかった私の今年の正月だが、このことが唯一お目出度いことだった。

 退院祝いはぜひ当店でと申し出た飲食店があるというから、いやすばしこいというか、商魂たくましいというか。広い店を持っていたら私も商戦に加わっていただろう。

 その岩浪さんから以前聞いた話だが、オーディオ評論家は大抵の人が私のことを嫌っているらしい。

 なぜだろう。思い当たることは、私がことあるごとにオーディオとはもっと楽しいものだ。そんな大それたホビーではないんだ。楽に気軽に音を聴こう。など広言しているからだ。

 オーディオ界の先生方にしてみれば、もっとシリアスにオーディオを扱ってゆきたいところだろう。私と違って『その道』を極めた方たちだから、そんなに簡単なものに思われては困ると。

 わかります。

 すみません。

 そうしたオーディオ評論家の中で、ほとんど唯一私と口をきいて下さる方が林正儀さんである。林さんを「PCMジャズ喫茶」にお招き出来たのはうれしいことだった。

もうおひと方は誰にお願いするか。当番組のヘビー・リスナーであり、胸に一物、手に二物(?)ある横須賀のあの方、といえばもうどなたも先刻承知の三上剛志さんである。久しぶりにオーディオ話が激して私は興奮した。

 おのずと3人の話が長くなり、ディレクターの太田さんによると番組の冒頭から50数分間曲がかからなかった。これは故安原顕さん時代の48分という従来の記録を破る新記録だとのこと。

 ジャズ・ファンの方、申しわけなしである。

 まあ実際の激論(?)ぶりはオン・エア(1月8日)の通りだが、今思い出してよかったなと思うのは、私がお二人に質問した「いい音とは?」である。

 林さんは実際のオーディオ運用面からいろいろ発言して下さった。三上さんはたしかご自分の人生におけるオーディオの音とは、みたいなお話だったと思う。

 言い足りないことがあったらしく、ご自分のホームページで詳しく開陳されているという。これらも要参照である。(私はパソコンの類を一切やらないのでわからないのである。)

 結局その日は私も10枚ほど選んでいったが、1枚かそこいらしかご紹介出来なかった。

番組収録後、すぐに林さんと三上さんから「言い足りないことが多かったし、もっと曲をかけたかったので、リターンマッチをやらないか?」とのお誘いがあり、勿論二つ返事でOK。

 で、1月22日の放送はお二人の再登場になった。

 今回登場のアルバムは必ずしも適切であるとは思えないが、いや申しわけないという選曲なのである。

 どうも本日は謝ってばかりいるが、それというのも私がかかわっている「寺島レコード」の4月新譜なのだからいささか身の縮む思いなのだ。

 ただ、言いたいことは一言、ミュージシャン凄し、なのである。

『オール・アバウト・ベサメ・ムーチョ』という一枚を企画した。全曲「ベサメ・ムーチョ」である。

 ミュージシャンは11人。一人一人彼らの都合に合わせて録音していたら莫大なお金がかかるので、「今までのアルバムの各録音の度に、番外でこの曲を追加演奏してくれ」と頼んだのである。

 凄いのは、OKとばかり、パッとその場でプレイしてしまうことである。

まあこの曲を知らないミュージシャンはいないから当然だろうという声も聞こえるが、その場で瞬間的に自分の「ベサメ・ムーチョ」にしてしまうのがさすがプロの音楽家。というわけで別種、別雰囲気の11通りの『ベサメ・ムーチョ』が出来上がった。

あらかじめ企画の趣旨を話し、アレンジなど考えていたら、こういう自然発生的なプレイは生まれなかったろう。自然発生がジャズという音楽の一番あらま欲しきことなのである。

 今回番組では、内田光昭さんのトロンボーン演奏で皆さんのご機嫌を伺った。

(ディレクター記)
アルバム・ジャケットはまだできてませんが、かなり“官能的”なものになるという噂が....。だって「ベサメ・ムーチョ~たくさんキスして」ですからねー。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ

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