コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー

第201回/モノラルに入れあげたと思ったら、ステレオにちょいと戻ってきた8月 [田中伊佐資]






●8月×日/モノラル装置の目鼻がそこそこついて、この夏はもっぱらモノ盤ばかりを聴いている。困ったことに、一時的なことだとは思うがステレオ・システムへの熱意は減退した。

 それは現行品はもちろんのこと、ここ50年間のオーディオに興味が薄れたことであり、オーディオ誌に文章を書いている人間にしてみれば、結構まずい。

 まあ、過去に製品レビューの仕事が来ても「なーんも書くことないよ、これ」とかほざいていていたら、執筆の依頼はぱったりなくなったので、ひどく困ったことでもないのだが。



外房の自宅で愛犬と戯れる浅川“Analogmysterytour”満寛さん


 そこで吉野ステレオ編集長に「月刊ステレオではなく月刊モノラルを出そうよ。いや季刊モノラルでもいい。いや臨時増刊モノラルでも」と声をかけてみたが、モノラルを自宅で実践している編集長ですら「そりゃやりたいですけど、売れるわけないっすよ」と腰が引けていた。

 もちろん間違いなく売れない。広告も入らない。特集「モノラルはスピーカー1本で聴け」にどこのスピーカーメーカーが賛同するのだ。進んで売り上げを半分にしてどうする。




 とまあそういう公的なことはどうでもいいが、私的にはまだまだモノ再生に関する欲の皮は突っ張っている。バリレラを上回る爆音モノカートリッジが欲しい。

 去年、カートリッジ界の畏怖すべき魔人・浅川“Analogmysterytour”満寛さんの家でヴィンテージ・モノの連続試聴をして、それがどうもずっと頭の中にくすぶっている。

 浅川さんは、つげ義春の『海辺の叙景』の舞台になった房総半島の漁師町に引っ越してしまったが、またそのおさらいをしたいと思って出かけることにした。それがとっかかりでステレオ誌11月号「音の見える部屋」に登場してもらうことになった。わざわざ行くのに手ぶら(取材なし)で帰るのは実にもったいない人なのだ。

 目下、幻のカートリッジ、デッカのゲンコツ(XMS)を何個か仕入れ、なんとユニバーサルアームに取り付けられるように精進している。

 専用アームとプレーヤーが揃い、ちゃんと調整して初めて実力を発揮するデリケートなカートリッジだから、無鉄砲にもほどがあるが、浅川さんは涼しい顔をしている。そんな調子で事も無げに様々なカートリッジの蘇生・修理・改造をやってのけてきた人だ。

 それはともかく、僕のリクエストでいまだに耳に残っているシュアM5D、ピカリング240、オルトフォンの米国向けブランドESLのC-60などを聴かせてもらった。どれも出力がバカ高くそれぞれいいテイストを持っている。容易にこれ買いますと踏ん切りがつかなくなった。懐が許すなら全部持って帰りたい。







カートリッジ・コレクションのごく一部


 それに、もしゲンコツのレストアが終了したら、欲しくなるのは間違いない。とりあえずゲンコツの上がり待ちにして、モノカートリッジを買うのは保留にした。

 こういう往年のモノカートリッジは、しっかり修理してある個体が少ないため、ほとんど認識されていない。マーケットではバリレラの一人勝ちみたいなムードではあるが、むしろこれはオーソドックスな部類に入り、面白い個性派であればあるほど絶滅してしまっている気がする。

 ステレオ・カートリッジの話になった。「ピカリングのU-380はどうなんですか」と尋ねてみた。

 実は浅川さんがオークションで「特に中低域の出方が独特で、ボトム・へヴィな再生を求める方にはおススメです。60年代のソウルやブルース、あるいはレゲエにも合います」と書いてあり、気になっていた。

「3個あります。お貸ししますので自宅で聴いてみてください。システムとの相性もあるでしょうから」


 これはありがたい。しかしモノカートリッジを買う気満々で来ておきながら、ステレオで決着というのもなんか微妙ではある。冷房がない開けっ放しの一軒家で、轟音を聴きながら、仕事のような遊びのような時間は駆け足で過ぎていき、周囲がまっ暗になる前に失礼した。

 帰宅すると、さっそくシュアの44-7からU-380に変えてみた。音圧が高く勢いがあり、中低域のラウド感が浅川さんの説明通りかなりいい。エッジが立った、カチッとした質感ではないが、気むずかしくなくポーンと鳴ってしまう。この音をこうしたいとかああしたいとかの欲求が頭をもたげてこない。ここまで鷹揚に構えるスレテオカートリッジはあまりお目にかかったことがない。

 精悍なブラックボディを購入決定。



●8月×日/U-380を装着した2日後に、『巡査長真行寺弘道』(主人公はオーディオ好き)を出したばかりの榎本憲男さん、写真集『針と溝』の齋藤圭吾さん、ステレオ誌編集長の吉野さんが遊びに来る。






 小説家、写真家、編集者が揃うと、まるでこれから出版社でも立ち上げるかのようでもあるが、4人ともただただロックとレコードが好きなだけだ。

 皆さんのU-380の評価が気になるところだが、それよりもレコードをばんばんかけていくことに終始する。途中からシュアの44-7に変えてみると齋藤さんが「いままで使っていたピカリング、なかなかいいんじゃないですか」と目の色が変わった。


 僕も気をよくして「何を隠そうまだあと2個あるんです」と持ちかけると「譲ってもらえませんかねえ」となってその場で浅川さんに電話をして商談が成立。380仲間が増えてうれしい。



強力な新戦力となったピカリングU-380

 ということでモノラル側に大きく針が振れていた7月だったが、ステレオ側にやや戻ってきた8月だった。9月になるとまたモノなのか。すべては事の成り行き次第でしょう。

(2018年9月11日更新) 

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田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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