コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第308回/エソテリックGrandioso G1Xという時を刻む[鈴木裕]
マスター・クロック・ジェネレーターは、デジタル再生においては結構マニアックな存在だ。もともとはレコーディングスタジオにおいて複数のデジタル機器を同期させるものとして、その大元の”時計”の役割で登場した経緯もある。値段もさまざまだし、その効果も音楽がかっちりするものから、空間表現力が上がって見通しが良くなるもの、ハイファイ度が上がるもの、漂うような情緒が出てくるもの、生々しくなるものまでいろいろある。 |
マスター・クロック・ジェネレーターのGrandioso G1X。心臓部にクリスタルの振動素子を使っている。メーカー希望小売価 2,200,000円(税込) |
Grandioso G1Xの天板を外した状態。手前(フロント・パネル)側の右にクリスタルの振動素子の入った箱がある。ここが大事。 |
先日、エソテリックの最上位のマスター・クロック・ジェネレーター、Grandioso G1Xを使って聴いた時に、もしかしてその神髄というか、本当の意味はこういうことじゃないか、という再生に出くわした。そのことを書いてみたい。 場所はエソテリックの試聴室。メインの試聴対象としてはネットワークDACプリのN-05XDだ。fidataのミュージックサーバーから出力してN-05XD でデータを走らせつつアナログ信号に変換。パワーアンプはエソテリックS-02でB&Wの802D3を鳴らすシステム。 「fidataのミュージックサーバーから出力してN-05XD でデータを走らせつつ」という書き方。これがよくわからない方のためにちょっと説明を。fidata、あるいはDELAなどのミュージックサーバーは、かつてはNAS(ネットワーク・アタッチド・ストレージ) と呼ばれた存在で、デジタルデータを記憶しておくものだ。LANケーブルで接続したネットワークプレーヤーによって、NASの中に記憶してあるデータを再生する。このことをデータを走らせる、という言い方をしている。ちょっと小難しく言うと、リアルタイム情報を剥がされてデータ化されていた情報をリアルタイムを付与することによって生きた音楽に戻す、というようなプロセス。 |
当初はネットワークプレーヤーが必要だったNASだが、今ではそれ自体に音楽を再生する機能が与えられ、対応しているUSB DACとUSBケーブルで接続すれば音楽を再生することができる。そういう機能を持ったNASをミュージックサーバーと定義してもいいかもしれない。ただし、ミュージックサーバー自体で走らせる再生音よりも、ネットワークプレーヤーを使っての再生の方がオーディオ的にはよりレベルの高い音が聴ける、というのが常識にはなっている。この理由を説明しようとするとまた長くなるのでここでは割愛。 N-05XDはこのネットワークプレーヤー機能を持っている。そしてD/Aコンバーターでもある。USBケーブルのB端子やA端子、ソニーとフィリップスによって決められたデジタル伝送の規格であるソニー/フィリップス・デジタル・インターフェイス(と言うかその頭文字に省略したS/P DIFという言い方をした方が馴染みがいいが)用の端子も持っている。RCA端子(同軸デジタル)や、XLR端子(AES/EBUフォーマット)、TOS端子(光・角型)だ。ブルートゥースによるワイヤレス接続にも対応し、アナログ入力も、RCAとXLRの端子を装備。音量調節が出来て、出力のラインアンプ部の造りもいい。ネットワークプレーヤー+D/Aコンバーター+プリアンプ、書略して”ネットワークDACプリ”というジャンルのコンポーネントになる。 |
クリスタル振動子が入っているバキュームフラスク(魔法瓶)構造のオーブン。外装ケースの中空部分が真空になっている。しかもオーブン温度は128ステップという多段階制御ヒーターを備え、電源部も発振回路、ヒーター、制御回路、バッファーアンプの4系統を独立。音に良かれと思われることをすべてやり切っている印象だ。 |
ネットワークDACプリのN-05XD。メーカー希望小売価格825,000円(税込)
N-05XDのバックパネル。デジタル入力としては、S/P DIF系が5系統、USBのA端子、B端子、イーサネット(LANケーブル)がそれぞれ一系統ずつ。さらにブルートゥースのワイヤレスでの接続もある。アナログはRCAとXLRが各一系統ずつ。 |
まずはマスター・クロック・ジェネレーターを付加せず、N-05XDの内蔵クロックを使っての再生。B&W 802D3という非常に厳しいモニタースピーカーによって、その細部までの演奏のニュアンスや小さな音像のフォーカスの度合いの良さが伝わってくる。ディスクリートで組んだDAC部や、そのアナログ信号を出力させるバッファーアンプ部にはESOTERIC-HCLDを採用。これは高い電流伝送能力による反応スピードを追求した回路で、「応答速度を表すスルーレートが2,000V/μsというハイスピード素子」を採用。拙宅で使っているK-01XDと基本的な構成としては同じで、この構成ならではのエネルギー感の高い、膨大な音数が見えてくる。パワーアンプのS-02のスピーカーを駆動する能力も高くて、みっちり密度の高い、きわめて純度の高い音を楽しむことが出来る。スピーカー自体のキャラクターとしてはやや硬質の感触を持った音だが、音楽的にも聴きやすい。 続いて、N-05XDのクロックの入力端子にGrandioso G1Xを接続、同じくチャイコフスキーを聴いてみる。どちらも基本的な音のキャラクターとか温度感は共通しているし、音の色彩感もほぼ同一だ。じゃ、何が違うのか。まず演奏のテンポ感がよりリニアというか、ダイレクトに伝わってくる。そして、そこからちょっとだけテンポが上がるとか、フレーズの終りでゆっくりする時のたゆたうようなタイム感もまるで現場にいるような伝達率なのだ。 音像の実在感にも違いがあった。誤解を恐れず書けば、鳴りっぷりの良さ、音楽のわかりやすいさみたいなものは内蔵クロックのがむしろいい瞬間があった。これに対してG1Xを接続すると、ステージの上の各パートがやっていることが克明に伝わる度合いは高くなるが、音像の”まとまり”というパラメーターにおいては若干下がる瞬間があった。いやしかしこれ、実際のオーケストラを聴いている感覚により近いのだ。 |
画像にたとえれば、内蔵クロックで鳴らした音は「スーパーリアリズムで描いた写真のような絵」であるのに対して、G1Xを接続した再生音は「写真そのもの」で、現場にあった雑然とした要素や、レコーディングエンジニアやプロデューサーの立場から言えば録音としては積極的には聴かせたくない成分までをも鳴らしている感じがある。解像度は文字通りレゾリューションの細かさだが、階調表現(トーナル・フィデリティ)的にも、質感表現力としてももっとヒトケタ、フタケタ(あくまでイメージです)細かく描き分けているような音。いい音は人によって目指しているものが違うが、現実に対する忠実度の高さという意味では、G1Xを接続した状態のがやはり忠実度は高い。生演奏を聴き慣れている人にとっては、肌感覚みたいな領域でG1Xを使っている音に軍配を上げる人も多いはず。
ハイレゾの再生もずいぶん深化してきているが、もう10年近く聴き続けているチャイコフスキーからはじめて体験するような音のニュアンスがいろいろと聴ける音だった。マスター・クロック・ジェネレーターの付加により、よりデジタルっぽくなくなり、かと言ってアナログ的になるのでもなく、結局はオーディオの音っぽくなくなるという、そういう領域の音を聴かせてもらった。
ちなみにGrandioso G1Xの技術的なことについては今回あえて文中では紹介していないが、オフィシャルウェブサイトの内容が詳しいし、開発・企画本部長の加藤徹也さんが1時間あまりに渡ってしゃべっている動画があるので参照されたい。かなり面白い内容。
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N-05DXを中心としたシステム構築のイメージ。 |
それにしても、と考えた。 N-05XDは、エソテリック内の序列で行くと上から4番目の製品だ。同ブランドの製品に辿り着くためのページを見ると、「シリーズから選ぶ」というところがあって、最上位はフラッグシップであり、スペシャルモデル的な存在のGrandioso。2番目がレギュラーモデルのトップである01&02。そして3番目に03。さらにその下に4番目の序列として05シリーズというポジショニング。この4番目の序列のネットワークDACプリのN-05XDでこんなレベルの音が聴けてしまうのだ。今のところ、03、01、GrandiosoのネットワークDACプリは存在しないしこれから出てくる確証もないが、まだまだこのジャンルの可能性というか奥行きは深いと思った。 |
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