コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

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第237回/オーディオに特化したハードオフの実力がすごかった[炭山アキラ]

 皆さんは、「ハードオフ」という店名を聞いて、どんなことを思い浮かべられるだろうか。一般には、家電製品や楽器、ゲーム、オーディオ機器などの中古品を売っている店で、特に私たちオーディオを愛する者からすると、失礼ながら「訳の分かった店員」がおられる可能性が決して多くない店、という感じなのではないか。これは、私自身の大雑把な感想でもある。



 ハードオフという企業には、その前身となった存在がある。新潟県で5店舗を展開していたオーディオショップ「サウンド北越」である。1987年に長く続いたオーディオのバブルが崩壊し、それでもサウンド北越は前年比プラスの業績を挙げ続けてきたが、社会全体がバブル崩壊に見舞われた1993年、銀行などからの薦めもあって、サウンド北越の紫竹山(しちくやま)店を総合リユース・リサイクル店のハードオフへ業態転換、そこから今をときめくハードオフ・グループの展開は始まった。現在は日本国内だけでも47都道府県に300店以上を数えるというから、すべての店頭に腕利きのオーディオ・スタッフをそろえるというのは無理というものだが、"オーディオの血脈が流れている"ショップであることは間違いない。



吉祥寺店にて。1時間ずつ3回のイベントをこなしたが、いずれの会も補助席まで出る満員だった。ご来場の皆さんには感謝のほかない。


 そんなハードオフが、5年前に始めた新業態がある。「ハードオフ・オーディオサロン」という名前で、オーディオ関連のリユース品に特化した店舗である。


 オーディオサロンの第1号も、新潟の紫竹山店だった。店長の番場清作さんに話を伺うと、番場さんはサウンド北越時代からのスタッフで、しばらく現場を離れていて、久しぶりにハードオフの店舗へ立ってみると、どうもオーディオ売り場に元気がない。並べられている製品は外観の傷や錆が落とし切れておらず、新品時を知る身からすると、性能も全然出ていないという状況だったとか。

 その状況に危機感を抱いた番場氏は、「一度、自分の納得がいくまで製品をリペアしてみよう」と思い立ち、即座に実行された。そうしたら、見違えるような音が売り場へ流れ始め、サウンド北越時代からのお客様も顔を見せてくれるようになったとか。「訳の分かった店員」がいる店はかくも強いものなのだと、この話を聞いて私も深く肯いたものである。






吉祥寺店の"主役"はこの2本。それにしてもこれだけの鳴りっぷりに躾けられた4344がペア66万円とは、仰天のバーゲン価格である。NS-1000M"梅"は27万5,000円。どちらも税込みである。

 ハードオフ・コーポレーションの会長、山本善政氏は1973年にサウンド北越を創業された人で、一大リユース・チェーンの総帥であるとともに、無類のオーディオ好きでもある。番場氏が"復活"させたオーディオ売り場の賑わいを見て、オーディオサロンの開店を決意されたのは、当時社長だった山本氏である。それも、これまでの経緯からお分かりの通り、「本業が好調だからひとつ文化事業へでも」というノリではなく、現在の本業と地続きの形ではあるが、自らの"創業の血"が導いた「オーディオへの再参入」に近い形なのだから、それはもう筋の良さにおいて、同業他社の追随を許すものではない。

 新潟紫竹山店で大きな成功を収めたハードオフ・オーディオサロンは、余勢をかって"東京進出"を果たす。吉祥寺店である。JRおよび京王井の頭線の吉祥寺駅から北へ徒歩数分、商店街を抜けてすぐ左側のビル3Fで、そんな好立地だというのに店舗面積は驚くほど広く、それでも古今東西の名器が所狭しと踵を接している。


 こちらの店舗は、宮澤康久店長が率いる。穏やかな笑顔がチャームポイントの店長だが、そのお人柄を慕ってか、こちらにも腕利きの店員とリペアマンが集っている。

 オーディオ機器、なかんずくヴィンテージ製品の修理には、ごくごく大雑把にいって2つの方式がある。一つは、劣化したパーツと全く同じものを用意して"復元"するという手法だ。もちろん、これが最も"正しい"修理であることは言うを俟たないが、しかし修理対象の機器が古ければ古いほどパーツの入手は難しくなり、またそれらのパーツ群も寄る年波で劣化しているものが必然的に増え、数少ないストックの中からさらに選別して良品を選ばなければならない、ということにもなる。この手法でヴィンテージ製品を補修しているショップには、関東地方なら神奈川県のジュピターオーディオ、東海なら名古屋のサウンドピットが著名なところだ。


 もう一つは、劣化した部分に現代のパーツを充当するというやり方だ。この手法は、一歩間違えると往年のサウンドとは似ても似つかないものになり果ててしまう危険と隣り合わせで、現に「定数が合っていれば性能は出る」とばかりに、適当なパーツを使って修理された往年の名器が、特にオークションや一部の修理業者から入手できる製品に多発していると聞く。


 オーディオサロンは後者のメンテナンス法を採用しているのだが、前述のような業者と全く違うのは、オーディオサロンのリペアマン、そして店員諸氏が「ヴィンテージ機器の往年の音を知っている」ということだ。耳に残る音質の再現を目指して、あれでもないこれでもないと膨大な数のパーツを取り替えては聴き比べ、「これだ!」というパーツで補修されているのである。


 この手法だと、時間工賃こそそこそこかかってしまうが、ヴィンテージ・パーツのそれも選別品を使わねばならないリペアと比べれば格段に廉価で、しかも長持ちする製品に生まれ変わる、というわけだ。





こちらは新潟紫竹山店のイベントの模様。熱心なお客様に支えられた温かい空間、という感じの店である。


 さらに、オーディオサロンのリペアには「その奥」がある。同店の修理メニューには「松・竹・梅」と言い慣わされるランクがあって、梅は前述の「新しいパーツで往年の音を復元する」もの、ならば竹や松どういうものかといえば、同じ音質の延長線上にある、さらに高音質の現代パーツを用いる、という方法論だ。ということはつまり、全盛期のヴィンテージ機器よりも良い音の製品に生まれ変わることになる。例えば、コンデンサーにしても抵抗器にしても、現代は半世紀前よりも高音質のパーツが数多くそろっている。「この製品が開発された頃にこのパーツがあったら、エンジニアは絶対使っていただろうな」と推測されるパーツ群である。





紫竹山店での主役はこちら。超のつく程度極上のオートグラフは、2本で110万円。こんなすごい音を入手するのにこんな価格でいいのか、とこれは真剣に感じてしまった。"松"NS-1000Mは49万5,000円。こちらもかかったパーツ代と時間工賃を考えれば、妥当といっておつりがくるほどの構成である。

 このたび、私自身にもオーディオサロン自慢のリペアがなされた製品群を、心いくまで堪能する機会が与えられた。サロン創立以来初めてのイベントを開催するに当たり、私が講師を拝命したのである。イベントは去る10月12日(土)に吉祥寺店、11月2日(土)に新潟紫竹山店で開催されたのだが、まず舌を巻いたのは、イベントに用いる機器のコンディションの絶好調ぶりだった。


 吉祥寺店では、JBL4344がメインスピーカーとなっていたのだが、この4344が何とワイドかつ軽やかに鳴り響くではないか! 4344は現役時分から販売店や個人邸で何度も聴いてきたし、MkIIであれば私自身、当時勤めていた編集部の試聴室でいろいろと鳴らし込んだこともある。その時の印象は、「ワイドで大迫力だが遅く、音場より音像重視、クラシックよりジャズに向く」といった感じだった。


 それがこの個体、何とも軽やかにポンポンと音を飛ばし、クラシックも音場感たっぷりに響かせるではないか。目の前にある大きな青いスピーカーから鳴っている、というのがにわかには信じ難い鳴りっぷりだった。

 それには、アンプにマランツのモデル7と9を使っているからというのも大きな助力ではあったろう。もちろん同店流の「復活」が施された個体である。しかし、どんなアンプをつないでも、ここまでの鳴りっぷりを引き出すのは至難の業だったに違いない。しかも、これでリペアメニューとしては"梅"というからさらに驚く。いやはや、底知れぬ技術を持ったショップである。

 一方、新潟筑紫山店ではタンノイの「オートグラフ」がメインに採用されていた。こちらも鳴らしにくさにかけては引けを取るものがない難物スピーカーとして有名だが、筑紫山の個体は超低域から超高域までスパーン!と切れ味良く、ハイスピードでパワフルなサウンドだ。こんな音のオートグラフなど、世界にそう何セットもないのではないか、と感じずにはいられない。

 一つには、この個体が俗にいうティアック箱の最終モデルに近い世代のものだ、というのが大きいのであろう。あの複雑なフロント&バックロードホーンのコーナー型というキャビネットを、ティアックのエンジニアが1品ずつ丹念に組み上げた、英国オリジナルのオートグラフよりも遥かに高精度のキャビとして知られるものである。

 しかし、その条件を抜きにしても、この鳴りっぷりには驚愕のほかない。聞けばこの個体もリペアメニューは"梅"で、コンデンサーとターミナルを交換し、アッテネーターや各部の接点などを磨き直した程度とか。それでこんな音が聴けるとは、もはや平伏である。

 中古店の機器は文字通りの一期一会で、私がどんなに称揚しても、あなたがお店へ向かう前に売れてしまっていたら入手はかなわないし、よしんば間に合ったとしても、それを入手できる人は限定1人に限られる。それはもう宿命としかいいようがない。しかし、オーディオサロンの2店舗には、まだまだ膨大な数のリユース製品が並んでいるから、そういう意味では紹介する方も気が楽だ。

 今回のイベントには「もう1人の主役」がいた。吉祥寺と紫竹山の両方で鳴らされたヤマハNS-1000Mである。1974年から97年まで、23年にわたってベストセラーであり続けた怪物スピーカーで、ベリリウム製のドーム型スコーカー&トゥイーターなど、今となっては再現の難しい超ハイテク素材が用いられた逸品ではあるのだが、さすがに古い個体が多く経年劣化が進んでいることと、設計年次の古さが災いして、現代では考えられないような粗悪パーツが用いられているのが弱点となっている。ほかでもない、入力端子である。

 オーディオサロンのリペアでは、個体にもよるが、例えばユニットの磁気回路が錆びていたりしても、分解してしっかりと磨き直し、エッジが駄目になっていたら同等品に張り替え、もちろん接点を磨いて再生されている。ネットワークはデフォルトでもかなりいいパーツが使われているのだが、そのクオリティを遥かに上回る現代パーツでリビルド、内部配線やファストン端子なども高品位なものに取り替え、問題のSP端子はバナナ/Yラグ対応の金メッキ削り出しのパーツに交換してある。キャビもユニットのフレームも丹念に傷を修復して磨き直されているし、隅々にまで心配りが行き届いた現代版NS-1000Mというべき仕様なのだ。

 吉祥寺ではリペア"梅"、紫竹山では"松"の個体が鳴らされたが、その違いはもう一聴して明らかだった。あくまで往年の1000Mが延長線上にはっきり見えている"梅"に対し、"松"は現代ハイエンドもかくやという動的S/Nと、梅よりもさらに数倍高解像度で切れ味鋭い再現性を持つ。"松"は音像の輪郭線が極めて細く、定位の遠近感が立体的で、音場感がとてつもなく広大に広がる。"梅"だって昔の1000Mを知る身からすれば途方もない鳴りっぷりなのだが、松を聴いてしまうと「あぁ、メリハリというのはある種の歪みなんだな」と、たちどころに分かってしまう。松は本当の意味での「モニター」なのであろう。



 吉祥寺店では、もう1種類大変興味深いNS-1000Mが展示されていた。その成立には、私自身が深く関わっている。


 今からもう20年以上前の話だ。1997年にNS-1000Mが生産完了となった時、当時雑誌編集者だった私は、故・長岡鉄男氏の担当をしていた。長岡氏はそれよりずっと前に、確か読者訪問記事でだったか、「NS-1000Mをバスレフ化するのも面白い」という内容の文章を書かれていた。それを覚えていた私は、わざわざヤマハに連絡を取り、長岡氏の自宅に常備されていた1000Mをバスレフ化する記事を作ってもよいかと問い合わせ、許可をもらった上で長岡氏の許へ勇んで駆け込んだ。



吉祥寺店に展示されていたNS-1000Mのバスレフ・バージョン。まさか20年を経てこれに巡り合う日がこようとは、全く想像もしていなかっただけに、万感迫るものがあった。

 幸い長岡氏も面白がってくれて、出来上がったバスレフ版NS-1000Mは、ターミナル・パネルを外してその部分に取り付ければ、本体キャビに全く手を入れることなくバスレフ化が可能になるという、"発明家"長岡鉄男ならではのインスピレーションにあふれたものだった。内部の吸音材をずいぶん減らしたことも相まって、ちょっとローブースト気味の周波数特性になったことをよく覚えている。

 その「バスレフ用追加ダクト」を装着した1000Mが、訪れた吉祥寺店でまさに目の前へ飛び出してきたのだから、それはもう驚いたものだ。事情を話したら、バスレフ型の仕掛人たる番場氏も驚かれていた。残念ながら音は聴けなかったが、またの機会には是非お手合わせを願いたいものだ。


 吉祥寺店も筑紫山店も、イベントそのものは至って順調で、敏腕スタッフと熱心なお客様に囲まれながら、私もすっかり音楽を楽しんでしまった。吉祥寺店では私のセレクションで曲を聴いた。「激辛優秀録音 音のびっくり箱」などという番組を持っている私だが、今回のイベントでは「変態ソフト」はひとまず封印、優秀録音のクラシックとジャズ、ポップスを、アナログ、CD、ハイレゾと分散して持っていった。

 私としてはだいぶ聴きやすい音楽を持参したつもりだったのだが、筑紫山でのイベントを控えて「当店がセレクションした曲もかけていいですか?」と問い合わせがあった。変態ソフトこそ自粛したものの、それでもまだかなり「メリハリの強い曲」が並んでいた、という印象だったとか。特に新潟はサウンド北越時代からのお客様も多く、音楽の傾向はスタッフがほぼつかんでいるということだったので、ならばと曲のセレクションはお店に任せることとした。

 かかった曲はベーム/VPOのベートーヴェン「田園」から倍賞千恵子、マイルス、オリヴィアにカーペンターズと確かに"普通の音源"だが、さすが年季の入った音楽ファンでオーディオマニアで、という面々がそろっているだけに、光り輝くような高音質ソフトがそろっていた。そういう意味でも安心できるお店である。

 吉祥寺店ではイベント後に私が立ち回らなければならないところがあり、筑紫山店では新幹線の時間が迫ってしまったので、どちらもイベント後にスタッフやお客さんと十分な触れ合いが持てなかったのは痛恨事だったが、おそらくイベントはこれが最後ではないだろうし、私が呼んでもらえることもいつかはあるだろう。その時には、ぜひともリスナーの皆さんともお会いできればと願っている。


(写真提供:音元出版 竹内純)

(2019年11月08日更新) 第236回に戻る 第238に進む 

炭山アキラ

炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。

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