放送は終了しました。5秒後にジャンプします。

コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第265回/ソウルの愛聴盤を考えていたらロバート・パーマーに行き着いた7月[田中伊佐資]

●7月×日/「ブルース&ソウル・レコーズ」2020年10月号(8月25日発売)で「わたしのソウル愛聴盤」という小冊子が付く。
 濱田廣也編集長から「音楽関係者へアンケートを行うので、ぜひ伊佐資さんにも参加してもらえませんか」と依頼があった。しかし僕はありふれた有名盤しか知らないため、専門誌を読むコアな読者を前にして出る幕ではないなと固辞しようと思った。
 しかしながらよくよく話を聞くと選者は15人もいるらしく、1人の比重は低い。しかも他の方とは違う視点でというので、そうか門外漢目線もありかと思い、快く引き受けることにした。
 テーマは音がいいソウルのレコード。実はそれしか切り口が浮かばない。それだったら誰かとタイトルが重複しようと内容までかぶることはないだろうから気が楽ではある。
 合計7枚を選ぶことになっていて、6枚まではパパッと決まった。最後の1枚を迷ってしまい、執筆のためのリサーチを口実に非生産的な聴きまくりが始まってしまった。といってもそんなに盤を持っていないからネタはすぐに尽きるのだが。
 ぼんやりと聴いているうちに、ふとブルーアイド・ソウルが聴きたくなり、それでアンケートを締めるのも悪くないと思い始めた。だったらロバート・パーマーの『スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー(Sneakin' Sally Through The Alley)』が似つかわしい。内容、そして音も厳選の7枚に入って然るべき作品だ。
 このアルバムはパーマーのソロデビュー作(74年)にもかかわらず、アイランドレコードはこの新人にかける期待がとんでもなく高かったようで、奮発してニューオリンズ、バハマ、ニューヨークと録音場所を変えている。バックに参加しているミュージシャンも凄腕ぞろい。ローウェル・ジョージ、ミーターズ、コーネル・デュプリー、ゴードン・エドワーズ、バーナード・パーディーら一流どころが集まっている。
ロバート・パーマーのソロデビュー盤『スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー』(74年)

 複数のスタジオで録った音源を巧妙にミキシングしたのが、『Are We Still Rolling?』という自伝までも出している伝説の名匠フィル・ブラウンだ。
 レコードをカッティングしたのはニューヨークのスターリングサウンド。冒頭のメドレー3曲は何度聴いてもわくわくするが、ミーターズのグルーヴしまくったビートが凄く、それを損なうことなくレコードに詰め込んだエンジニア陣の功績も大きい。
『スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー』の英国初版のレーベル

 そういえば何年か前に、このメドレーだけを収めたプロモ盤を見つけた。溝幅の制約から解放されて、片面をたっぷり使っているなら、音はさらにもっといいに違いない、このメドレーの決定盤だと意気込んで手に入れた。
 現物を見ると同じくスターリングがカッティングしている。だがLPと比べて5mmくらいしか幅広ではない。もっとふんだんにスペースを使ってもいいのではと思ったが、内周にいけばいくほどカートリッジはトレースしにくくなる。そこはちょっと難しい判断ではある。
 ともかく大事なのは音だ。かけた瞬間「やったぜ、このベースの音圧は初期プレス盤以上」と小躍りした。そうはいっても聴いているうちにだんだんと、低音過剰すぎないかと胃にもたれ始めた。
 ジャケットには「9:32 Of Nifty Dance Time」とあり、ディスコの勃興期の時代的背景と考えると、ダンスフロアで踊ることを意図している音作りなのかもしれない。ただですら濃厚な演奏なのに、音質までもブーミーになってしまうといくらなんでもコッテリしすぎだ。
 そんなことで僕が常に聴くのは英国プレス盤で落ち着いている。
 この手の音楽が好きそうな来客があると、こういうのもありまっせと話のネタにプロモ盤も聴いてもらうが、音のウケはあんまりよくない。

 ところで『スニーキン・サリー~』がリリースされたのは僕が小学生のときで、その存在を知るのは、発売されてずっと後のことだ。
 でもロバート・パーマーは中学のときに名前だけは意識していた。というのも小学館が出していた音楽雑誌「The Music」77年5月号に「POPS MUSICIAN BEST 100(北中正和編)」というレコード100枚を紹介する小冊子に載っていた。
 当時その付録は僕がレコードを買うときの手引きになっていて、ロバート・パーマーは76年の『サム・ピープル(Some People Can Do What They Like)』が選ばれていた。超ビッグネームの作品にお小遣いは流れていくため、この作品を買うのもずっと後になるが、美女と野原でカードゲームに打ち興ずるエロチックなジャケットは強く印象に残っていた。
 穴が空くほど読むとはよく言ったもので、この小冊子は結構ボロくなるまで読み込み、友達が持っていたものをもらった(強奪した)記憶がある。
 それほど愛読していたのに、だいたい頭に入ったと天狗になって、何年かして古雑誌と一緒に整理してしまったのは痛恨だった。できることならもう一度読み直してみたい。いまでも知らないことがまだ詰まっているはずだ。
「セイリング・シューズ~ヘイ・ジュリア~スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー」のメドレーを収めたプロモ盤

 というわけで「わたしのソウル愛聴盤」の僕のページがそれほどの存在になれるのかは疑わしいが、他の方の愛聴盤を見て「わあ、これ良さそうだなあ」となにかを買うことになるだろう。それが楽しみで仕方がない。
 いろんな雑誌社がよくやっているベストなんとか企画に僕はほとんど興味がないのだが、業界人であろうと市井の人であろうと自分の感情に忠実な意見は購入ガイドとしてにすごく参考になる。

(2020年8月20日更新)   第264回に戻る 第266回に進む  

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』(音楽之友社)。ほか『ジャズと喫茶とオーディオ』『音の見える部屋 オーディオと在る人』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

  • すみません、お宅のオーディオ、ナマ録させてください
  • アナログ・サウンド大爆発!~オレの音ミゾをほじっておくれ
  • お持ちの機器との接続方法
    コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」バックナンバー